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同じ釜の飯   08-06-07 土 18:42:25 Weblog

(辞書より) う(おなじかまのめしをくう)
:同じ共同体が同じものを食べることによって、同体として
帰属意識を持つこと。あるいはそれを強化すること。

共に食事をする縁とは、大事なものです。
「同じ釜の飯を食った仲間」と昔の人は良く言いますが、
霊的に観ても、同じ場所で食事の時間を共有する事は、何か
の繋がりが発生する感じがします。
では、同じ物を食する事が大切なのか?
肉体的には、同じ食物を摂取する事は、同じ効果を体に及ぼ
すでしょう。 しかし、私が「食事」に感じる霊的に発生してい
る他人との繋がりは、食べ物自体の効果では有りませんで
した。
例えば、会社の食堂などでは同じ時間帯に社員が自家製の
弁当や、外部のコンビニで買ってきたパンや、食堂のメニューを
それぞれが食しています。 でも、その場の時間帯だけは、
霊的に同じ色で連帯感のオーラが発生しています。
もし、外部の人間や会社に不慣れな社員が、食堂に少し遅れ
て入ろうとすると、何か違和感を感じて躊躇してしまう、霊的
にデリーケートな人が居ると思います。
これも、毎日繰り返すと自分も、その場のオーラ色に同化して
違和感が消えます。

つまり、食べ物自体よりも、同じ時間・同じ場所で食事行為を
する事が、霊的に共通する何かを発生させています。
これは、何かと考えてみましたら、浮かんで来た事は、
 食事とは、食べ物の気・その場所の気・自己の霊体、この
三要素が合体する行為だと言う事でした。

昔は、日本人の主食は、御米でした。
御米は、天照太御神の神気を固めた食物です。
食事場所の気は、そこの地面の気。
すなわち、国常立太神の気です。
この2つに、自己の霊体の気が合一する行為が、食事です。
大袈裟に言えば、食事の度に小さい神人合一をしているとも
言えます。
食事場所を変えると、同じものでも美味しさが変わります。
自然の中で食べる御握りと、室内で食べる御握りは別物
です。
同じ釜の飯を食う仲間とは、同じ時間・同じ場所で神人合一
をする仲間でした。 体の中に、同じタイミングで異物を入れ
る行為を共有する事は、神聖な事かも知れませんね。

生かして頂いて ありがとう御座位ます


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