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何事も水の流れのように   11-02-04 金 11:02:22 Weblog

この図は、読者(ポリポリさん)が作成した神棚と先祖供養の位置関係を真横から見た構図です。文字の説明だけでは分かりにくい間隔が、一目で良く分かります。
私個人の神棚は森羅万象2巻のイラストにありますが、図の右側の形であり、正確には神棚を置く八足台(はっそくだい)が2段になっています。上の段に神棚を祭り、2段目に榊や三方(さんぼう:水容器や供物を乗せる台)を配置しています。
これはただ私の感じる理想の形であり、この形式にこだわる必要は無いです。
置けない環境の人もたくさん居られるでしょうから、自分が出来る範囲での参考にして頂ければ幸いです。

水の流れが、高い所から低い所へと自然と流れるように、この図の位置関係が霊的にしっくりと来ます。
神様が親とすれば、私たちは子供です。
親子を別々にするのでは無く、同じ場所で祭る(生活する)のが自然なのです。ただし、上下の位置関係を間違いますと、水は流れないのです。
これは差別ではなく、時間軸の在る現実界では、法則として高低の段階の差を考慮するのが自然なのです。
川の流れ(時間の流れ)を逆流させることは、無理や問題が生じるのです。

昔と現代社会の大きな違いは、親子関係だと思います。
どの家庭でも、昔の親は怖かったし、家庭では親の威厳がありました。また親は理不尽な叱責もしていたものです。
明治時代などは、父親と長男だけが別格であり、食事内容も違うのが普通の家庭の姿だったとも聞きます。これが良い形だとは言いませんが、その厳しさに耐えた子供たちが、その後の日本の繁栄を産み出したのです。
戦後の学生運動などは、思想の問題などという高尚なものでは決してなく、貧乏への反発心から親子関係の反発、社会構造への不満反発だったのです。
でも、苦しくて貧乏で反発した若者たちは、社会に出ますと良く働き、高度成長時代を形成したわけです。あれだけ攻撃した社会構造において「自分が」地位を得ますと、それに執着して頑張ったのです。

そして富める社会が継続しますと、厳しい親子関係が消え、友人のような親子平等の風潮が増し、親の威厳が消えて行きました。
それから起こり出したことは、子供がバットで親を殺す事件などが社会で発生し始めたのです。更に時代が進んだ現代では、子供が引きこもって遊び、親が奴隷のようにひたすら働いて食わせる逆転の親子関係の発生です。明治時代の人間には、信じられない日本の風潮です。
親の威厳が消えているということは、日本に昔から居る精霊たちも、その立場を無くしているのです。
逆に言えば、地域の氏神(うじがみ:地域の森と精霊を祭る神社のこと)などや「先祖霊」が再び大切にされれば、家庭も自然と健全に成る反射が起こるのです。

テレビの討論などを見ていますと、中国の人口が日本の15倍ということは、アホも天才も15倍いるということだとのことです。
中国の天才の一部は、日本の特殊性に気付いているとのことです。
国家の人口や保有資源量を考慮しますと、日本の実質GDPや経済の質は、アメリカを遥かに凌駕する圧倒的な内容を日本が持つことに、一部の中国機関が調査を始めているそうです。中国の天才が、日本の大天才である南方熊楠(みなかたくまぐす:http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20101211)が命がけで守った氏神の存在や、先祖供養による「遺伝子の改善」にまで注目「できるのか」は疑問です。
これを理解できないかぎり、「ナントナク幸運な」日本を超えることは難しいのです。この世の成り立ちの秘密に関係するからです。

今日の記事で言いたかったことは、苦しい事や不幸が有っても、大丈夫だと言うことです。
水の流れの高低を考慮するように、物事の優先順位と立場を考慮して正しく静観して行けば、必ず改善して行くということです。
苦労した分、有り難さに早く気付けるようにも成れますし、またそれを「楽しめる」ようにも成ります。
魂にとっては、これが一番に大切なのです。

生かして頂いて ありがとう御座位ます


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