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明るく捨てる練習   11-02-26 土 10:58:36 Weblog

「少ない給料で一日中働いて、生活費を払えば何も残らない。こんな生活に意味が在るのだろうか?転職すれば、楽に成るかなあ。」
と思っている人は多いです。
しかし、内在神の視点では、働ける健康が在り、飯を食える生活が出来ることへの感謝が既に欠落しています。
転職にしてもそうです。どこに行っても、今は知りえない嫌な事がアタリマエに在るのです。言えることは、転職するほど色んな意味でリスクは増します。嫌な人間は、何処にでも居ます。これを避けようとする者が、損をします。
また、経営者とは失敗すれば、簡単にすべてを失います。末端の社員が問題を起こすだけで、ダメになって行くものです。
だから、どんな安月給でも、それで生活が出来れば感謝をするべきなんです。
経営者は貯金と命を亡くす可能性が在りますが、社員ならば10万円の給与でもプラスはプラスです。得るばかりです。後からの請求書は来ません。しかし経営者には、後から色んな請求書が来ますし、生き方次第では霊的な交換条件の請求書が寿命にも来ます。

要は、人間は自分が感謝するべき事に気付けない間は、その状態が継続する法則が在るのです。内在神が許さないのです。自分の内在神は、すべてを観て知っています。
だから生きる間は、常に自分が感謝するべき事に気付いているのか?と自分自身を見詰める視線が大切です。
自分が感謝するべき事に気付けて、それへの感謝磁気が蓄積すれば、次のステップへ進む状況へと“自然とナントナク”進みます。先祖霊と内在神が導きます。

ただ、人間が生きる意味で、大切な宿題が現実界には在ります。
人生とは、明るい意味での「捨てる練習」の場所だということなんです
私たちは、最後まで何も持つことが出来ません。許されないのです。神様が、そのように初期設定をしています。
最後には、肉体も捨てることに成ります。
だから、自分が持とうとするから、苦しむことに成る側面が在ります

では、欲しくて努力をすることは不要なのか?いいえ、努力は非常に重要です。努力どころか、超努力を生きる間はするべきです。
何かを得るために、後悔しないように思いっ切り限界まで努力をした方が良いです。
ただ、自分のタメだけでは生けないのです。自分のタメだけでは、途中で息切れもするし、悪い執着にも成ってしまいます。
家族や他人を助けたい視点を忘れないことが大切です。進学でも、他人に貢献をしたいから、自分が何をもって社会貢献をするのかを考える視点が必要なのです。
このような他のタメへの視点を持っていれば、必ず自分自身が生かされます。そして、金銭も付いて来ます。

生かして頂いて ありがとう御座位ます


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