ck  「大器晩成」の解釈について
130317a/40 13-03-17 日 05:01:02 
<はじめに>
伊勢白山道さんが、「『大器晩成』は誤字による誤読だった」(2012年11月14日)という記事のなかで紹介されていますように、1973年に湖南省長沙市馬王堆(「ばおうたい」または「まおうたい」。日本では学者によって異なる読み方がなされています)の第三号漢墓から、絹に書かれた二種類の『老子』が出土しました。
これらは帛書(はくしょ)『老子』と呼ばれ(帛は絹という意味です)、中国の研究者によって、今から2200年ほど前の前漢の初代皇帝劉邦の頃のものは甲本、それより後の恵帝か呂后のころのものは乙本と名付けられました。
また、記事の中では紹介されていませんが、1993年には、湖北省荊門(けいもん)市郭店(かくてん)の第一号楚墓から、帛書よりもさらに古い『老子』の竹簡が出土しました。
これは、郭店楚簡と呼ばれ、帛書『老子』よりも一世紀ほどさかのぼるものです。
郭店楚簡『老子』は三篇に分かれ、それぞれ甲本・乙本・丙本と名付けられています。
(以上は、蜂屋邦夫『図解雑学 老子』(ナツメ社、2006年)20-25頁を参考にしてまとめました)。

伊勢白山道さんは、上記の記事の中で、「大器晩成」について「中国でも、この二千年間は『遅くなるが最後には大成“する”』という意味に解釈されて来ました。」と、中国の例を挙げられた上で、帛書の発見について書かれています。
しかし、日本については、ネット辞書や学校教育の例が挙げられているにとどまり、帛書の発見の前後における「大器晩成」の解釈については特に触れられていません。
そこで、私は、この点に疑問を覚えたため、日本における「大器晩成」の解釈の歴史と現状がどうなっているかを調べてみました。

<帛書発見前における諸橋轍次氏の「大器晩成」の解釈について>
まず、注目すべきことは、日本では、帛書が発見される前の1954年(昭和29年)1月25日に出版された『掌中老子の講義』という本の中で、漢学者の諸橋轍次氏が「大器晩成」を大器はできあがらないという意味に解釈されていたということです(なお、『掌中老子の講義』は、その後『老子の講義』と改題されており、『諸橋轍次著作集』にも、この題名で収録されています)。

「最も大いなる製作品は、かえって未製品の如きものである。(この晩成は、未製の意であって、出来上ることのない意であり、これは、大制は割くことなしと同一の表現である。今日、大器晩成の四字を、偉大な人物は晩年になって成功する意に用いておるのは、この語の転用である。)」
諸橋轍次『老子の講義(新装版)』(大修館書店、1973年)90頁
諸橋轍次「老子の講義 下篇」『諸橋轍次著作集 第八巻』(大修館書店、1976年)81頁

また、諸橋轍次氏は、1956年に出版された『大漢和辞典 巻三』の中でも、「大器晩成」の意味を次のように説明されていました。

「最大の製作品は、できあがらぬものである。晩成とは、殆んどできあがらぬ意。轉じて、大きな器は早くは出来上らぬ、大人物は早くからは頭角を現はさないけれど終に大を成すといふ喩に用ひる。〔老子、四十一〕」
諸橋轍次『大漢和辞典 巻三』(大修館書店、1956年)384頁

<帛書発見後の日本における「大器晩成」の解釈の現状について>
このように帛書発見前から、諸橋轍次氏によって、大器はできあがらないという「大器晩成」の解釈が提唱されていたのですが、蜂屋邦夫氏のように「晩成は、おそくても完成する」という意味であると考える学者の方は、帛書および楚簡の発見を経た後で、『老子』の本義は「大いなる器は完成しない」という意味であると主張されるに至りました。

「大器晩成は大方無隅、大音希声、大象無形と並んでいる。希はまれとかかすかとか読まれるが、十四章に『之を聴けども聞こえず、名づけて希と曰う』とあるように、否定の意味である。そこで、無隅、希声、無形にはすべて否定の意味があるが、晩成は、おそくても完成するということであり、肯定の意味である。なぜ否定の格言の中に一つだけ肯定の格言があるのか疑問に思っていたが、帛書が発見されると、甲本には、欠落しているが、乙本に大器免成とあった。免なら免れる意で、否定である。さらに楚簡には大器曼城とあり、曼は免と通用し、城は成の借字である。つまり、大いなる器は完成しないというのが『老子』の本義であった。」
蜂屋邦夫「大器晩成とは本当か(41章)」『図解雑学 老子』(ナツメ社、2006年)140頁

なお、蜂屋邦夫氏は、その後に出版された老子の訳注(蜂屋邦夫訳『老子』(岩波文庫、2008年)199-200頁)においても、同様の説明をされています

もっとも、帛書および楚簡の発見の後も、楠山春樹氏のように、諸橋轍次氏の説に依拠されている学者の方もいらっしゃいます。

「『大方は無隅なし、大器は晩成す、大音は希声なり、大象は形無し』と並ぶ前後の句との対応から推すと、ここにいう『晩』は、限りなく晩(おそ)いということであって、『大器はほとんど成り難い』、あるいは一歩を進めて、『大器は完成しない』(大器は成らず)、「大器は完成しないように見える」(大器は成らざるが若(ごと)し)、というのが、その本来の意味であったようである(説は諸橋轍次博士『老子の講義』に見える)。」
楠山春樹『老子入門』(講談社学術文庫、2002年)251頁

また、楠山春樹氏の説を紹介されている次の本も、同様の流れに属するといえます。
「『大器晩成』は、一般には偉大な器量の人はそれが世に認められるまでに時間がかかる意とされ、世の不遇な人々を、いつかは成功する、と慰める言葉と理解されています。しかし『真の大器は、永遠に完成することがない』と解するべきで、完成するようなものは、真の大器ではない、と、成らないほうに重点があるとする見解もあります(楠山春樹『老子』集英社)。」
野村茂夫『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 老子・荘子』(角川ソフィア文庫、2004年)94頁
(なお、ここで挙げられている集英社の『老子』は、先に挙げた講談社学術文庫の『老子入門』の底本となったものです。)

他方、帛書を検討した旨を明記してはいるものの、乙本の「大器免成」を紹介することもなく、また、諸橋轍次氏の説に触れることもなく、「大器晩成」を大器は「いつまでも完成しない」と解釈されている学者の方もいらっしゃいます。

「『大器晩成』の句はとくに有名である。ふつう、『大人物の完成には時間がかかる』として、不遇な人を励ましたりするのに使われるが、それは『老子』の真意ではない。『晩成』ということばは、文字どおりには『できあがるのがおそい』であるが、前後の句との関係で考えると、むしろいつまでも完成しない、その未完のありかたにこそ、大器としての特色があるということであろう。できあがってしまうと形が定まり、形が定まれば用途も限られる。それでは大器でなかろう。」
金谷治『老子』(講談社学術文庫、1997年)136-137頁

このように見てくると、現在では、老子を研究している学者は誰もが「大器晩成」を大器は完成しないと解釈しているように思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。
帛書乙本の「大器免成」という文字に気付いていながら、「大器晩成」について、あえて従来どおりの解釈をされている学者の方もいらっしゃいます。
例えば、池田知久氏は、『馬王堆出土文献訳注叢書 老子』(東方書店、2006年)の中で、「大器免成」を「大器は免(おそ)(晩)く成り」と読み下し(14頁)、「免」を「『晩』の省字あるいは仮借字」と注釈された上で(18頁)、「絶大の器物はなかなか完成せず」と訳されています(19頁)。

<まとめ>
以上見てきましたように、日本では、「大器晩成」について、帛書発見前から、諸橋轍次氏によって、大器はできあがらないという解釈が提唱されてきました。
また、帛書や楚簡の発見後には、「大器免成」や「大器曼城」の文字を根拠に、蜂屋邦夫氏によって、「大いなる器は完成しない」というのが『老子』の本義であったと主張されています。
そして、両氏以外の老子の一般向けの解説書においても、上記のいずれかと内容的には同様の説が紹介されるに至っています。
したがって、伊勢白山道さんが、著書の中で「大器晩成」が誤字による誤訳であると主張される場合にも、できることなら、このような日本における解釈の歴史と現状を踏まえられた方がよいのではないかと個人的には思いました。
また、その一方で、帛書の「大器免成」の文字に気付いている学者であっても、「大器晩成」を従来どおりの意味に解釈されている方もいらっしゃったことから、書かれた文字だけを見ていたのでは老子の真意を理解することができないということに、私はあらためて気付かされ、伊勢白山道さんの「第41章は、老子が後世の人間たちの解釈を試す意味も含んでいたと感じます。」という言葉を深く実感しました。
伊勢白山道さんは老子の本の執筆をすでに終えられたようですが、私も読ませて頂くことを楽しみにしています。


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